2014年7月。久弥直樹脚本と水瀬いのり目当てで見た「天体のメソッド」で、夏川椎菜に「一聞きぼれ」した。透明で真っ直ぐな声と演技に惹かれた。
トラハモ(TrySail結成前のもの)を聞き始めた。最初は恥ずかしながら、雨宮天との声の聞き分けができなかった(麻倉ももは一発で覚えた)。判別できるようになるまでに、3~4ヶ月はかかったと思う。それでも、一番好きなのは夏川椎菜の声だった。
***
よく聞かれることがある。「なんでナンス推しになったんですか」。
これに私は、いつもこう返す。「特別じゃなかったからだよ」と。
麻倉ももは、声を一発で覚えられた。他人に愛される才能を持っている人だった。だから、私にとって「特別」だった。
雨宮天は、当時すでに第一線のレベルで活躍していた。歌も抜群にうまかった。だから、私にとって「特別」だった。
けれど夏川椎菜は、この2人に挟まれ、埋もれていた。明確な自分の強みと、立ち位置を見つけられていないように思った。だから私にとって、彼女は「特別」ではなかった。私たち「普通の人」と何も変わらず、悩みながら一歩一歩進んでいく人に思えた。
***
17年7月の横アリでのライブ。私にとってのTrySail初現地。席の目の前を、彼女が乗ったトロッコが通り過ぎた。笑うと目がくしゃっとなる、あの笑顔に魅了された。
18年のTrySailのライブツアーは、彼女にとっての一つ目の「転機」だった。TrySailの中で唯一武器を持てていなかった彼女が、考えに考えた末、「あおり」に活路を見出した。この時少し、けれど確実に、夏川椎菜覚醒の兆しを感じた。
20年。感染症が世界を襲った。彼女は、自らのセルフプロデュース力を爆発させ、ファンとつながっていった。夏川椎菜の二つ目の「転機」だった。ゲーム実況、2時間枠のラジオ生放送のパーソナリティ、Youtubeチャンネルの積極的な更新などなど……彼女の言う「種まき」が、少しずつ芽吹く過程をリアルタイムで見ることができた。
***
私が一番最初に見たあなたは、とても弱々しかった。歌うことに後ろ向きで、自らを出すことに奥手だった。今の姿からは、想像できないくらいに。
けれど今は、旗を持って先頭を走るあなたのスピードに振り落とされまいと、ヒヨコ群はつられてクリエイティブになっていき、その熱を加速させている。そして、これからもそれは変わらないと、信じさせてくれる力が今の夏川椎菜にはある。昔からそうだったのだろうけれど、今なら確かに思える。夏川椎菜は、強い。
***
10年間、夏川椎菜を推し続けてきました。私が見てきた彼女の軌跡と成長の過程は、私にとってかけがえのないものです。すべてが宝物です。だからこれからも、彼女が放つその光を見続けていこうと思います。
夏川椎菜さん、28歳の誕生日おめでとうございます。いつも私に、希望と勇気と、前を向く力をくれてありがとう。
これまでも、そしてこれからも……ずっとずっと、大好きです。