れぽてんの雑感

水瀬いのりと夏川椎菜と上田麗奈と小原好美のオタクで美也Pです

【ミリシタ】メインコミュ85話と向き合う

 みなさん、こんにちは。宮尾美也担当のれぽてんと申します。

 

 私は約1年前、こんな記事を書きました。

 

wafumiru.hatenablog.jp

 

内容をざっくりとまとめますと、私はこの記事の中で、宮尾美也のメインコミュ85話「とおくとおくたかく」について以下のような結論を出しています。

 

1. これは「初恋バタフライ」のコミュではなく、宮尾美也のコミュである

2. このコミュを経た17歳の美也が、「初恋バタフライ」をあそこまで情緒的に歌っている姿を想像できなかった

 

今回の記事では、私が改めてこのコミュに向き合ってみて、これら2点に対して出した答えを書いていきます。少し長くなりますが、お付き合いいただければ幸いです。

 

 

1. メインコミュ100話が羨ましかった理由

 私は、メインコミュ100話「アイドル、天海春香」が羨ましいです。私が欲しかったのはきっと、ここで描かれた形だったのだろうと思います。

 

 このコミュでは、「I Want」というおよそ普段の春香さんからは考えられない曲を渡された彼女が悩み、劇場の仲間やプロデューサーから意見をもらいながら考え、答えを出していきます。徹底的に「I Want」に寄り添い、正面からぶつかっているのです。

 

 

 「美也が『初恋バタフライ』と向き合わなかった」なんてことでは断じてありません。彼女が「プロデューサーに初恋をする」という結論を出したのは、彼女が「初恋バタフライ」に真剣に向き合ったからだと思っています。彼女なりに曲を分析し、考えた結果として「初恋をする必要がある。そしてその相手は、私にとってはプロデューサー以外に考えられない」と思ったのでしょう。

 

 

けど、私が欲しかったのは、そこではなかったのです。美也が「初恋バタフライ」という曲に何を感じ、どう受け止め、その結果としてどう動くか。85話で描かれたのは、最後の部分だけです。「『初恋バタフライ』を美也がどう思ったか」はほとんど語られていません。ここが100話との違いで、私の羨ましさの根本かなと思います。

 

 

 これは、私のプロデューサーとしての圧倒的な力不足のせいです。私はミリシタのコミュに甘え過ぎなのだと思います。ミリシタのコミュが「答え」をくれるなんてことはないのは、ずっと知っていたはずなのに。なぜ「初恋バタフライ」に限ってそれを求めてしまっていたのでしょうか。

 

2. 「永遠とは何か」を考える

 私は今でも「初恋バタフライを17歳の美也が歌うのは難しいだろう」と思っています。そして、自分のこの考え方を、私はもっと素直に受け止めるべきだなと、少しずつ思えるようになってきました。別に、無理に合わせる必要はないな、と。

 

 『おしえてよ永遠』(ISF09にて購入、羽落さん著)という作品を最近読みました。永遠を望む女性プロデューサーと、その担当アイドルである徳川まつりの話です。

 

 

作者様ご本人にも感想を送らせていただいたのですが、私が受け取ったこの作品のメッセージ性はただ一つです。

 

 

「ゲームキャラとしての彼女たちの『永遠性』と、そのゲームのプレイヤーとしての私達。実際にアイドルとして活動していて時を刻んでいる彼女たちと、プロデューサーとしての私達。この関係性をどう考えようか?」

 

 

 彼女たちは歳を取りません。設定上そうなっています。だって、ゲームのキャラですから。ですが、きっと多くのプロデューサーさんたちは、彼女たちを生身の人間として、自立した存在として見ているかと思います。彼女たちには彼女たちの考えがあって、生きている世界があって。そんな「生きた」彼女たちを私たちはプロデュースしていると。

 

私ももっと柔軟に、“そう”考えていいのだなと、『おしえてよ永遠』を読んで思いました。そう思わせてくれる作品でした。「ゲームのキャラだ」なんて壁を作らず、彼女たちの成長を見ていていいし、ミリシタが出すもの全部をそのまま受け取る必要もないんじゃないかなと。多分、私が「初恋バタフライを17歳の美也が歌っている姿が想像できない」のなら、それでいいんじゃないかなって。それは担当アイドルのことを「分かっていない」、担当アイドルに「寄り添っていない」とイコールにはならないのかなって。

 

3. 向き合え、担当アイドルと

 ここまで書いてきて、もっともっともっと美也と真剣に向き合わなければ、との思いを強くしています。でも、「向き合う」。これはとても難しいことだと思います。ミリシタのコミュをただ受け取るだけではきっとダメなのです。そこから、美也がどういう子で、何が好きで、どういったことを思いながら生きているのか、そういったことを考えなくてはいけません。でも、今の私ではきっと足りないから、少しずつやっていけたらいいなと思っています。

 

 

 

 当たり前ですが、プロデューサーごとに考えは違うものです。同じ美也のプロデューサーでも、私が見ている「宮尾美也」とあなたが見ている「宮尾美也」は絶対に同じではありません。私は「私の見てきた美也」という子をもっと信じて、そして自分の持っている彼女の解釈をもっと信頼するべきだなと思っています。

 

 美也のプロデュース、これからも頑張っていきたいです。